第10回 待機所に巣食う霊

逆さまの真っ白な顔で「許さない」と言いながら…

夜の仕事をしてた頃

当時、私には誰にも言えない借金があり、昼間に契約社員をしながら週に何回か風俗店で働いてました。そして、その風俗店が「出る店」でした。お客さんの間ではわりと評判の良い店なのですが、嬢達の間で「あそこの待機所はヤバい」と言われてたんです。確かにその部屋はちょっと薄暗くて空気が淀んだ感じで、あまり長居したいと思える場所ではありません。でも私はそれまで霊的な体験をしたことなんかなかったし、そもそもワケアリの子が多く働いてるわけだし、待機所なんて所詮そんなもんだ、と思ってました。

アヤカのバックレ

同じ店の嬢同士は基本お互いのプライベートに触れない暗黙のルールがあり、それほど仲良くなることはありません。そんな嬢仲間で唯一仲のよかったアヤカという子がいました。彼女とは仕事の後で一緒に飲んだり、ごはんを食べたり、一緒にカラオケに行ったりしたこともあります。しそのアヤカがある日、いきなり店に来なくなりました。“バックレ”ってやつです。

キャバや風俗ではよくある話ですけどアヤカは真面目な性格だったし、「こんな仕事だけどお客さんを喜ばせたいと思ってやってる」と言うイイ子だったんです。人気もそこそこあったし。そんなアヤカがバックレするなんて意外でした。

私は彼女とプライベートでも親交があったんで、彼女のプライベートのSNSアカウントに「どうしたの？ よければ事情を話して、絶対お店に言わないし、出来ることならなんでも力になるから」って連絡を入れました。そしたら、しばらくして彼女から返信がありました。

「私は呪われた」というメッセージでした。わけがわからず「どういうこと？」って聞き返したら「ヨウコにとりつかれた。もう私はダメ。あなたはすぐにあの店を辞めて。あそこの待機所はやばいから」って言ってきたんです。ヨウコって誰？ どうしたの？ 何があったの？ 私はアヤカも彼女にメッセージを送信しました。でも、それ以降、アヤカの既読がつくことはありませんでした。

妙な気配

「あの待機所はやばい」という言葉が頭を離れず、妙な胸騒ぎを覚えました。でも仕事は仕事だし、その後もしばらくのあいだ風俗店で働き続けました。そして事が起きたのはその彼女とのやりとりから数週間くらい経った日のことでした。その日も私は昼の仕事を定時退社した後、夜の仕事に出勤し、例の待機所で待機していました。その日はたまたま私だけ指名が入らなお茶引きの日でした。他の子がどんどん出払っていき、ついに待合室には私ひとりに。数週間前にアヤカがチャットアプリ言ってたことが頭の中を駆け回り始めました。不安から腕にゾワゾワと鳥肌が立ってきました。私は気を紛らすため。スマホのゲームに集中することにしました。

許さない、許さない、許さない

そのせいで“それ”がそこにいることに気づくのが遅れてしまいました。妙な気配を感じて視線をスマホから上げた私は、異様なものを見ました。部屋の入口にひとりの知らない女。その体制が異様で、仰向けに寝そべったまま手足をブリッジのようにして身体を上げ、逆さまの顔でこちらを見ているのです。顔は真っ白で完全に無表情。能面のような生気のない目でこちらをじーーーーーっと見ていました。もしかしてこれがアヤカの言ってたヨウコ……。「ヒッ」と小さな悲鳴を上げ、その場に硬直してしまいました。 人間、本当に恐ろしい時って身体が固まって何もできないんです。するとその女が、ブリッジの体制のまま「許さない、許さない、許さない」と繰り返しながら、カサカサとこちらに近付いてきました。その手足、よく見るとブリッジじゃなく、手足が逆向きについてたんです。完全にこの世のものじゃないと理解した私は、気力を振り絞えい「キャァァァーーー！！」と悲鳴を上げました。すると廊下の方から店長が走ってくる靴音が聞こえ、その妖怪女は忽然と姿を消してしまいました。

店長に霊能者の先生を紹介され

私は店長に泣きながら「手足が逆さまの女が」と訴えました。店長はどう見ても堅気じゃないコワモテの男でしたが、私のその言葉を聞くや否や顔面蒼白になり「またヨウコが出たのか……」と一言呟き、それから「君は今日でこの店を辞めてもらう。辞めた方がいい。そして霊能者に事情を話すといい。よく当たる先生を紹介してあげるから」と言って、私をクビにしたのです。私はそのまま「給料はちゃんと振り込むから、もうここには絶対来るな」と言われ、店を追い出されました。

本当に何がなんだか、訳の分からない体験でした。でも店長の態度はとても冗談や嘘とは思えなかったので、私はとりあえずその彼の勧めに従い、教えてもらった番号に電話をかけ、言われた先生を指名しました。それが電話占い花染の先生だったんです。

花染の先生は、私の状況を聞くより前に「またあの店にヨウコが出たのね」とおっしゃいました。嬢仲間の彼女が言ってたのと全く同じ名前が先生の口から出てきたのに驚きながら「ヨウコって？」と聞き返すと、「あの待機所に憑いてる悪霊です。元々はお店で働いてた女性ですが、当時の同僚たちからの陰湿ないじめに遭い、自殺して怨霊と化してしまいました。それで待機所にいる嬢達を呪おうと今でも出てくるのです。今まで何度も出張して浄霊を試みました。一時的には祓えるのですが、怨念が強力でなかなか完全に浄霊ことができません」と説明してくれました。そして「あなたは目をつけられかけています。浄霊することは難しい霊ですが、除霊して退けることは可能ですので、今すぐ除霊の儀を行いましょう」と言い、電話越しに呪文を唱えて下さいました。

「これでもう大丈夫。ただしあなたはもう二度とあの待機所に行ってはなりません。あの部屋に行けば再びヨウコに目を付けられるでしょう」と忠告してくれました。私自身の鑑定はそこで終了。ですが最後に私はひとつ気がかりなことを思い出し、「あの、数週間前に嬢仲間のアヤカって子が『ヨウコに呪われた』と言ってそのまま音信不通になってるんですが……」と質問しました。すると先生は少しだけ沈黙した後、「おそらくその方はもう駄目でしょうね。私のところにも電話が掛かってきていません。ヨウコがあなたの元に現れたということは、その方は既に、もう……」とおっしゃいました。私は何も返せず、「ありがとうございました」とお礼だけ告げ、そうして鑑定が終わりました。

アヤカの変死体

アヤカの変死体が発見されたのはその2日後でした。ニュースにもなりました。アヤカというのは源氏名だったし報道は本名でしたが、テレビに映った生前の写真は間違いなく私の知ってるアヤカでした。死因は心臓発作。玄関の前で酷く怯えた表情のまま事切れていたそうです。そんなショッキングな事件がありましたが、私にはまだ借金が残ってたので、その後も店を変え、しばらく夜の世界で働きました。そして三ヶ月後になんとか借金を全額返済し、すぐ足を洗いました。それからはもう夜の仕事はしてません。今では契約から正社員になり、彼氏もできました。「昔風俗で働いてた」なんて誰にも言えません。全部このまま闇に葬るつもりです。でもあの時の心霊体験だけは一生忘れられそうにありません。

（凛菜さん 28才・東京都）