第17回 海外旅行で憑いてきた外人の霊
東南アジアのとある国を旅行した時の話

旅行が趣味です。長期休暇のたびに海外に飛んでいます。学生の頃から放浪の旅をしていたこともあって、かなり旅慣れているほうなので、行き帰りのチケットだけ取って、あとは現地をあてもなく散策したり、現地の人しか行かないような場所に行ってみたり(もちろん危険なエリアは事前に調べて避けますが)しています。そんな感じの根無し草なので、不思議な体験をしたことも何度かあるのですが、その中でも一番怖かった体験をお話します。
連休に有休を合わせて一週間ほどのお休みを作り、東南アジアのとある国へ行ったのですが、そこのホテルで心霊体験をしたんです。夜中に目が覚めると、部屋の隅に立っている人が見えました。最初は侵入者だと思ったんですが、よく見るとその人は人ではなく影のような感じで、顔もよく見えないので「あっ、幽霊だ」とわかりました。正直、ホッとする気持ちのほうが強かったです。霊は女性を連れ去ったり無理やり犯したりすることはないでしょうし。馴染みのない土地で怖いのは霊よりそういう人のほうですから。それに、私は元々ちょっと霊感があるみたいで、小さい頃から霊を何度か見ていたんです。だから、それもあって、その霊のことはあまり気にせず、また寝てしまいました。
現地のホテルで見た黒い影が、日本でも…
その霊が私に憑いてしまったんです。憑かれているのに気づいたのは、日本に戻ってきて数日後のことでした。仕事の後で友人とお酒を飲んで、酔って帰ってそのまま寝ようとしたら、部屋の片隅に例の黒い影が立っていたんです。一目見て、東南アジアのホテルで見たあの霊だ、と分かりました。今まで霊を見たことは何度かありましたが、その後こういう形でつけられる体験はなかったので、その時はさすがに背筋がゾワゾワッとしました。酔いも一気に醒めました。自分の家まで憑いてこられるのは本当に気味が悪いです。
結局その日はそのまま家を出て、近所のネットカフェで夜を明かし、明け方に戻ってシャワーだけ浴びて、そのまま出勤。そしてお昼休みに友達に連絡して、事情を話してしばらく泊めてもらうことにしたんです。「海外のホテルで見た霊が家まで憑いてきた」って言ったら、さすがに正気を疑われましたが、私が冗談を言っているわけじゃないことを理解してくれると、友達は「じゃあ部屋を一室片付けておくから」と、快諾してくれました。
執拗についてくる黒い影、ついにお祓いを決意
でも、その友達の部屋にも黒い影が立っていたんです。もちろん友達には見えていないみたいでした。でも、私が彼女の家にお邪魔して、私のために片付けておいてくれたという部屋に通してもらった時、その部屋の片隅に、例の黒い影がぼーっと立っていたんです。結局、友達には適当な事情を話して、その夜もネットカフェで明かしました。そして「これはさすがに洒落にならない事態なのでは」と思い、ネットカフェのパソコンで除霊をしてくれる神社を探し、翌日は有休を取ってそこに行くことにしました。
神主さんは私を一目見るなり「ああ、よくないものが憑いていますね。すぐに除霊をしましょう」と言ってくれました。神社の拝殿にある一室に通されると、そこには祭壇があって、注連縄のようなものもありました。そこに座らされて、神主さんがあのギザギザの紙のついた棒を振って、呪文のようなものを唱え始めました。そこまでは覚えているのですが……。その後、急に気持ちが悪くなり、猛烈な目眩がして、私はそのまま倒れてしまったのです。気がついた時は、休憩室のような部屋に寝かされていました。私が目覚めた気配を察して、神主さんが「除霊は終わりましたよ。もう大丈夫です」と優しく声をかけてくれました。
霊の正体は、旅先で殺され故郷に帰れない見知らぬ旅行者
神主さん曰く、黒い影の正体はやはり現地で憑いた霊だったようです。元は女性の旅行者で、旅の途中で事件に巻き込まれ、殺されてしまった、とのことでした。私に憑いたのは霊を恐れない態度が気に障ったからではなく、「私に憑いていけば自分の国に帰れる」と思ったからだそうです。でもその霊は日本人ではなかったみたいで、神主さんは「ここはあなたの国ではない。この人に憑いてもあなたは自分の国に帰れない」と説得してくれて。その説得が通じて、霊は私の元から離れていった、とのことでした。私、思わず「外人の霊にも説得は通じるのですか?」と質問してしまいました。神主さんは笑いながら「霊体とは言葉ではなく念で対話するので言葉は関係ありません」と教えて下さいました。
それ以降、黒い影は私の前に姿を現さなくなりました。今まで味わった中で一番怖い心霊体験でしたが、ひとりの旅行好きとして、見知らぬ土地で殺されて故郷に帰れない霊の気持ちを考えて、少し同情してしまいます。今ごろ自分の国に帰れているといいな、と思います。
(美雪さん 38才・東京都)