第25回 誰も住めない事故物件
心理的瑕疵物件に関するお話

不動産屋で社員をしていた頃の話です。不動産屋では、いわゆる「事故物件」というものを扱うことが時々ありました。業界用語では「心理的瑕疵物件」と言い、室内で孤独死や自殺や事件などがあった、また近隣に反社会的な施設があるなど、その事実を知った借り手側が心理的な抵抗を感じるであろう物件のことです。その中でも特に死に関連するものが絡んでいる物件が「事故物件」と呼ばれます。
日本は自殺大国ですから、そういった物件も決して少なくありません。事件や事故が起きて一番困るのは、その物件のオーナーさんです。以降、その物件にはどうしてもダークな印象が付きまといますから、物件の価値が大幅に下落します。せっかくお金を出して作ったアパートやマンションにそういった烙印が押されてしまうわけですから、たまったものではありません。
実際、そういった物件にいわゆる“幽霊”が出るかと言うと、千差万別です。「まったく何も感じない」という方もいますし、そういった方は家賃の安い事故物件をあえて選んで借りることも少なくありません。そういった物件を契約して快適に暮らしている方も大勢いらっしゃいます。そういった方は、事故物件のオーナーさんにとっては大変ありがたい存在であると言えるでしょう。
誰が住んでもすぐに出ていく部屋
しかしながら、中にはごく少数ですが、「誰が住んでもすぐに出ていく物件」というものがありました。「自分は霊とか信じない、だから事故物件でも構わない」と言って賃貸契約を結ぶお客様も、しばらくすると皆さんやつれた顔つきで「ここは本当におかしい」と言って引っ越していかれるのです。
その物件は、とある駅から徒歩5分ほどの閑静な住宅街にある、マンションの一室でした。告知事項は、前の住人の方が室内で自殺したというもの。若い女性の方で、ドアノブにタオルを巻いてそこに首を掛けるようにして亡くなったそうです。背景自体はよくあるものでしたが(と言っては失礼ですが、事故物件はどこもそのようなものです、もっと凄惨な事故現場もあります)、その部屋はうちの不動産では最も曰くつきの危険な物件でした。特に霊感がないという人でも、部屋に入っただけで寒気を覚えたり、気分が悪くなったりします。また、どんな方が入居されても、数日で音をあげて出ていくのです。長い人でも一週間も持ちませんでした。
私も実際に入ってみたところ…
その部屋には所用で入ったことがあるのですが、とても不気味な部屋でした。気味の悪い体験もしました。部屋は白い壁紙が貼られ、南向きの大きな窓もあり、日当たりも良好なはずなのですが、玄関を開けて中に入ると、室内が異様に暗いのです。部屋の角のほうは明らかにどんよりとしていました。また、なんだか息苦しい感じがして、頭が締め付けられるような圧迫感を覚えました。
靴を脱ぎ、廊下を通り、女性が首吊りしたというリビングの入り口に差し掛かった際、強烈な眩暈に襲われたんです。立っていられなくなり、思わず膝をついてしまいました。その視界の片隅に、一瞬、足が見えたんです。明らかに女性のものでした。その場にいたのは20代半ばの男性(私)と40代男性の上司のみ。女性はいるはずがありません。でも女性の足が見えたんです。目を疑い、もう一度見ようとすると、その足は消えていました。
上司いわく、「内装もリフォームしたし、お祓いにも何度も来てもらっているんだが、全く効果がない」とのことです。中にはお祓いに来た霊能者が部屋の前で立ち止まり「申し訳ありませんがここは私の手に負えません」と言って帰ってしまったこともあったそうです。
最近は事故物件がネットを中心に注目されているようで、若い人でわざわざいわく付きの物件を選んで住む方もいらっしゃいます。その物件にもそういった方が何名か入居されたのですが、どの方もすぐに退去していきました。その後、例の物件はとあるWeb制作の企業が契約を結び、サーバールームとして使うことになりました。機械は霊の影響を受けることもないでしょうし、なかなか賢い選択だと思いました。
(孝司さん 31才・東京都)