第78回 逃げ出した幽霊
引っ越し先で何かの気配を感じる日々

転職を機に引っ越した部屋での出来事です。入居初日から、なんとなく何かの気配を感じていた私。1人で過ごす部屋でミシッと床を踏むような音がしたり、夜中にトイレに行くのが妙に怖かったり……。違和感を抱きながらも、環境の変化でナーバスになっているだけだと考えて、気にしないようにしていました。
肝心の仕事にはすっかり慣れ、仲良くなった同僚を招いて家飲みをすることに。ちょっぴり幽霊の気配がある部屋だと伝えたところ、皆かえって楽しみになったようでした。当日は、予定通り女性3名、男性1名を招いて大盛り上がり。幽霊のことなど一度も思い出さずに楽しんでいました。
全員家に泊まることになり、深夜にさしかかった頃。トイレから出てきた同僚が真っ青な顔で、「なんか見たかも」と呟き、震えだしたのです。激しく問い詰めると、トイレから出てこの部屋の扉を開けたとき、笑い合う私達の間に知らない女性が混じっていた気がすると……。
一気に酔いが冷め、怯えだす女性陣。すると、唯一の男性として使命感に燃えたS君が、突然大声でお経をあげだしたのです。呆気にとられた私達は、さらに驚く体験をしました。
何かが我々の間をすり抜けていく、僅かな風圧。その先にあった扇風機に見えない何かが激突する「ガシャン」という音。その衝撃で、ゆっくりと倒れる扇風機。
誰一人動いていないはずなのに、何者かがあせって逃げ出し、扇風機に激突したのが手に取るようにわかりました。それと同時に、部屋の空気が一気に軽くなったのです。 その晩は、S君の実家がお寺だという話を聞きながら、手を繋いで朝を待ったのでした。
あの日以来何も感じなくなったこの部屋に、私は今も暮らしています。
(井上優子さん 30歳・長崎県)