第82回 魂と会話する
赤ちゃんの運命を言い当てた少女の話
私たち夫婦は若い時に結婚しましたがなかなか子どもができず、不妊治療をしていたのですが、結婚十年目を迎えた時に子どものことはあきらめ、これからは夫婦二人で生きて行こうと決めました。しかしそれから一年も経たないうちに自然に妊娠し、二人で大喜びしました。とにかくお腹の中に赤ちゃんがやってきてくれたことが嬉しく、夫は私に重いものを持たせないどころか、どこへ行くにも何をするにも心配し、いつも気遣ってくれる日々をすごしていました。
そんなある日のこと、一人で近所を散歩したあと公園のベンチで一休みしていると、四歳くらいの女の子が私の方へやってきて、「お腹に赤ちゃんがいる」と言いました。お腹に赤ちゃんがいるのは本当でしたが、まだ人目につくほどお腹も出ていなかったので、よくわかったな~と思いながらも、「そうなんだよ~」と笑って答えました。すると女の子はじっとお腹を見つめ「この子も女の子だ!」と嬉しそうに笑いました。まだお腹の子の性別はわかっていなかったのですが、小さな子どもの中には直感がするどく、お腹の中の子のことを言い当てる子がいるという話を聞いたことがあったので、「女の子なんだ~!教えてくれてありがとね~」と言ってお腹をさすりました。もちろんその時は半信半疑でしたが、それから一ヶ月ほどしてあった健診でお医者さんから「女の子ですよ」と言われ、びっくりしました。
それからしばらく、私のお散歩コースであるその公園に行っても女の子に会うことはなかったのですが、お腹がずいぶん大きくなったころ、再びその子に会う機会がありました。その子は私を見ると、覚えていたのか笑顔でそばに寄ってきてくれました。「赤ちゃん、大きくなってる!」ニコニコして言われると私も嬉しく、「もう少ししたら生まれるんだよ」と笑顔になります。けれど女の子は「そうなんだ~」と言ったあとすぐ真顔になり、私のお腹をじっと見つめると、不思議そうに首をかしげました。
「でも、もう帰るって言ってる」
今度は私の方が首をかしげる番です。女の子の言っていることはよくわからなかったのですが、まだ幼いので、それで会話が食い違うのだろうと思いました。なので「そうだね。もうお家に帰ろうかな」と笑って言うと、女の子は「手をふってくれてる!バイバイ!」と言ってお腹に向かって手をふり、ブランコの方へと走って行ってしまいました。その姿に私も手をふり、お腹をさすりながらこの子も大きくなったらあの少女のように遊ぶんだろうな~と、その隣でそれを見つめる私と夫のことを想像し、幸せで胸がいっぱいになりました。
しかし、残念ながらそれから一週間ほどしたある晩、急にお腹が痛くなり、お腹の子は産声を上げることなく生まれてきました。どうして元気に生まれてきてくれなかったのか、はっきりとした原因はわかりません。夫はしかたなかったんだよと、精一杯慰めてくれましたが、私が何か悪いことをしてしまったのかもしれないと自分を責める気持ちと、待ち望んだ我が子を失った悲しみから、なかなか立ち直ることができませんでした。無気力に過ごす日々が続き、いっそのことお腹の子のあとを追おうかと追いつめられていた時に、再び、あの少女に会いました。公園ではなく近くのスーパーで偶然少女を見かけた瞬間、私は彼女の言葉を思い出し、思わずぞっとしました。お腹の子が帰ると言っていたのは、お空に帰るということだったのかもしれない。そう思うとぞっとするとともに、涙があふれそうにもなります。その子には気づかなかったふりをしてその場を離れようとしたのですが、「あっ!」と言う幼い声とともに、その子が私のもとへと駆けてきました。
少女が何かを話そうとして、私はとっさに身構えました。何か傷つくようなことを言われてしまったら、もう立ち直れないだろうと思ったからです。
ですが、その子は笑顔で驚くようなことを言いました。
「赤ちゃん、まだ帰ってなかったんだ~。ああ、そっか。まだママのそばにいたいんだって」
びっくりして「赤ちゃん、いるの?」と思わず聞き返しました。女の子はうん、と頷いて、私の肩のあたりを指さします。「そこで遊んでる。ママが大好きなんだって」その言葉に、こらえていた涙がこぼれ落ちました。女の子の言葉が本当のものかどうかはわかりませんが、その時の私にとってはすごく嬉しいものでした。ちゃんと生んであげられなかった子が、私のことを大好きだと言ってくれたことが。そしてその子は、もう一つ信じられないようなことを言いました。
「あのね、もうちょっとしたら弟を連れてくるって。だから、待っててねって」
何を言っているのかその時はよくわかりませんでしたが、女の子はそれだけ言うと、お母さんに呼ばれたのか、ふいっと踵を返して行ってしまいました。言われたことの意味がわかったのはしばらくしてからです。私は再び妊娠し、今度は無事男の子を生むことができました。その子がちょうど、あの少女と同じくらいの歳なったころ、ふと「おねえちゃんが、ぼくをここに連れてきてくれたんだ」と話してくれました。
その話を聞いて、ああ、やっぱりあの少女が言っていたことは本当のことだったんだと、目に涙があふれてきました。生きては会えなかった我が子が、私のことを思ってくれ、幸せを運んできてくれた。そのことを教えてくれたあの少女に、今は感謝しかありません。
(佳織さん39歳・長野県)